March 06, 2010

「交通事故」について考える

私は16歳のときに軽自動車の免許を取得してスバル360という車でデビューした。
それから42年、今まで1度しか交通事故に遭っていない。今から20年くらい前、熊本の阿蘇一宮へ向かう57号線で信号待ちをしていたときに追突された。幸い私も同乗者も怪我は無く事なきを得たが、真夏の暑い中で、警察官の立会いで実況検分が行なわれた。パトカーが来るまで30分、立会いと加害者との話し合いのため1時間ほど炎天下に立っていたのでぼーとしたことを覚えている。

それから20年、2月の後半に2回目の交通事故に遭った。今度は広い道路で私の車が右折し、横断歩道の前で止まる寸前に、反対車線に停車してあった車が突然バックして運転席のドアーにぶつかった。全く後方確認をせずにバックしたと加害者も詫びた。
運転席のドアーは相当へこんだが、幸いこのときも右腕の肘を少し打っただけで済んだ。今も多少肘が痛いので通院はしているが、生活に支障は無い。

42年間で2回というのは少ないのか普通なのか分からないが、2度とも被害者でそれも100%近く加害者側に非があると結論付けられたので、保障はしていただいた。
交通事故というのは、いくら自分が注意していても起きることがある。故意で事故を起こす人は稀である。しかし、交通事故がなくならないのは、慣れや不注意、慢心で心が霞むからだ。
車というのは凶器である。どんなかよわい女性でも車に乗り込んだ瞬間から鉄人になる。完全武装したとてつもない強力な鉄人に変身するのだ。飲酒運転などはもっての外であるが、自分が凶器を走らせているという自覚を持って集中し、車を走らせないといつ加害者となってしまうか分からないのだ。

「贖いの日々」という小冊子が交通安全協会から配られる。その中に交通刑務所に入った人たちの懺悔の手記が載せられている。加害者の家族や友人も被害者になってしまうことがよく分かる。善良な人が僅かな不注意で一生を悔いて過すことになる。
平成に入り交通事故死者数が1万人を超えていたが、平成8年から少しずつ減り始め一昨年から54年ぶりに5,000人台まで減ってきた。
大変に良いことであるが、それでも年間5,000人以上の方が交通事故で亡くなっているのだ。

私が16歳で運転免許を取得したとき、父が言った言葉を今でも覚えている。それからは言われたことを実践している。集中力の訓練にもなるからだ。
父は、「車に乗ったら自分の車だけを運転していると思ったらダメだ。前後左右の車も自分が運転しているつもりで注意しろ」と話してくれた。
前後左右の動きを予測しながら走るのは相当集中力が必要になる。だから、私が運転しているときは、家族はほとんど話しかけない。


cpiblog00620 at 19:46│Comments(1)TrackBack(0)clip!雑感 

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この記事へのコメント

1. Posted by Covers for iPhone 6   January 18, 2015 01:05
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