February 08, 2010

百貨店」の思い出

平成21年の全国百貨店売上高が6兆5842億円と26年ぶりの低水準に落ち込み、今年は百貨店の閉鎖が昨年の9店舗を上回る10店舗にのぼると言われている。
西武有楽町店や京都四条河原町の阪急などの閉鎖は「どうして」とつい言い出してしまうのは私だけではないだろう。いよいよ重厚長大で不沈艦のような百貨店の時代が終わりを告げ始めた。

百貨店といえば私にはほろ苦い思い出がある。

今から50年以上前私がまだ小学校に入る前のことである。日曜日に母が銀座の有名百貨店に買い物に行くというので、一緒について行くことにした。当時デパートに連れて行ってもらうことなど年に数回しかない出来事であったからである。
デパートに着き、エレベーターではなく、正面の堂々としたエスカレーターで上がって行った時のことである。エレベーターには以前何度か乗ったが、エスカレータというものは初めてであった。しっかりベルトに捕まっていなさいと母に言われた私は、2階に着いても手を離すタイミングがわからず、ベルトの引き込み口に挟まれてしまったのだ。「わー」という私の声でエスカレーターガールが慌てて非常停止ボタンを押し、エレベーターを止めた。当時は各階にエスカレーターガールがいてその階の説明をしていたのだ。
何人かの従業員が駆けつけ、ベルトの引き込み口のカバーをはずして手を引き出し医務室のようなところへ運ばれた。幸い大事には至らず、擦り傷程度で済んだのだが、黒塗りのハイヤーで母と自宅まで送り届けてもらい、豪華なお菓子の詰め合わせを頂いたのを覚えている。翌日にも何人かのお偉方が来て父母に謝っていた。
それから安全対策ということであろう、どこのデパートでも大きく開いていた引き込み口が塞がれ、手が入らないようになった。
子供とはいえ、私が悪かったのだが、当時デパートというところの対応は凄いものだと思った。
その後、母が父から相当怒られたようだ。父はデパートを責めるという感覚はなかった。親がしっかりしていないから子供が怪我をするのだという発想のようであった。
その後、私が手を挟まれたエスカレーター擁する百貨店は高度成長の波に乗り発展していったのだが、今度は社会の激しい変化に対応できず百貨店自身が大きな波に飲み込まれてしまった。

百貨店に変わり、大きな波を起こしたのが、ネット通販である。姿は見えないが確実に売り上げを伸ばしている。自宅や会社から時や場所を選ばず注文でき、翌日には配達される。確かに手軽であり、過疎地に住む人や高齢者は言うに及ばず誰にとっても便利である。
しかし、かつて百貨店が劇場などとともに都市生活者の憧れであり、文化の牽引車であった事実は忘れてはならない。
あの頃の百貨店は、威風堂々としていて日本の発展の象徴であった。
われわれにとって、百貨店の衰退は寂しいものである。


cpiblog00620 at 21:20│Comments(1)TrackBack(0)clip!雑感 

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この記事へのコメント

1. Posted by omega replica sale   May 15, 2015 11:37
百貨店の衰退は寂しいものである。
Purses tend to be probably the most desired item through ladies.

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