August 05, 2009

縁日について考える

先週会社の前で「芝まつり」が開催されて賑わった。
商店街が主催して年に1回開催されるのだ。事務所ばかりになってしまった会社の界隈は普段、夜になると閑散として人通りもまばらである。
しかし、お祭りの2日間は子供から大人までそこそこ人が集まってくる。昔の縁日のように模擬店や、金魚つり、輪投げなどが商店街の人たちによって出された。
だが、50年前の縁日の賑わいに比べてみる陰もない、寂しいものであった。都心に人が住めなくなって30年近く経つ。今は人が集まったといっても昔に比べ「そこそこ」が精一杯である。

芝まつりが開催されたのは、芝不動尊前の広場である。
50年前ちょうど東京タワーが立ち上がった頃、その場所は「子供の遊び場」と呼ばれ紙芝居や大道芸人、飴売りなどが子供たちを喜ばせていた。毎月2の付く日、2日、12日、22日はお不動様の縁日で露店が道に溢れていた。商店街の端から端までずっと露店で埋まり大勢の人が集まってきた。
小学生であった私はお小遣いに50円を貰い友達と待ち合わせて縁日に出かけたことを思い出す。ゲームなどというものが全くなかった頃である。縁日はとても楽しみだった。特に射的が好きだった。倒れそうでなかなか倒れない的に向かって必死にコルク玉を撃った。

しかし、剣道の稽古日(月、水、金)と縁日が重なった日はブルーである。
18時から20時まで稽古に出かけ、戻ってから12円(子供料金)を握りしめて銭湯に行く。家に戻って食事をすると21時を軽く過ぎてしまう。もう縁日の露店が店じまいを始める時間である。剣道が恨めしく思ったことであった。
1度稽古をサボって縁日に出かけたことがあるが、すぐに親父に見つかり連れ戻されて稽古に出されたこともあった。

縁日の露店商でレントゲンのように見える筒というものが出ていたことがある。小さな筒状のもので手の指に当てて覗くと指の骨が透けて見えるというのだ。驚いて露店のおじさんが持っている筒に自分の指当てて覗くと確かに細い骨のようなものが黒く見える。これが自分の指の骨なんだと本当に思ったものである。
高いお金を出して買っていった者もいる。実は私も欲しかったが、お金がなく買えなかったのだ。後になって分ったのだが、筒の中に骨の形にした小さな鳥の羽が入っていて、覗くと黒く骨のように見えるようにしてあったのだ。今考えるとレントゲンのように見えるはずがないと分るが、当時は大変不思議に思えた。

また、3つのコップに小さな玉を1つ入れ、どのコップに玉が入っているかを当てさせる手品のような露店もあった。僅かなお金を払って参加し、当たると豪華な賞品をもらえるのだが、これもほとんどの人が外れる。しかし、稀に玉の入ったコップを当てて豪華な賞品を貰う人がいて羨ましがられる。実はサクラであったというのが分るのは数年してからであったが・・・。

縁日は楽しかった。大人も子供も大勢集まりものを食べながら歩いてもこの日だけは叱られなかった。私にとって特別な日であり、たくさんの思い出が詰まった日であった。

今も2の付く日はお不動様の縁日であることに変わりが無い。しかし、露店は2つか3つしか出ていない。縁日にお参りする人がいなくなったので、露店も出なくなったのだ。信心が薄くなり、縁日そのものが忘れられていくような気がする。
お祭りと縁日は違うものであるが、最近はお祭りばかりが目立つようになってきた。
そもそも縁日とは神仏の降誕・成仏など、その寺や神社に祭ってある神仏と何らかの縁がある日のことである。この日にお参りすると普段以上の御利益・御加護が得られるとされている。
大勢の参拝客を目当てに露天商が集まり、市がたつようになった。神仏の祭りがあるから露天市がたつものであり、本来露天市そのものが縁日のことを指すのではないのだ。

しかし、私にとって芝不動尊の縁日は露店市そのものである。




cpiblog00620 at 15:36│Comments(1)TrackBack(0)clip!雑感 

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この記事へのコメント

1. Posted by rado replica uk   August 13, 2015 15:19
また、3つのコップに小さな玉を1つ入れVarious other types get dark-colored as well as orange bezels, along with ladies silver precious metal as well as red dialed variation.

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