March 21, 2009

ブルートレイン「はやぶさ」の思い出

はやぶさ

JRのダイヤ改正に伴い寝台特急「はやぶさ」(ブルートレイン)が3月14日の運行を最後に廃止された。「はやぶさ」の最後の姿を見ようと熊本駅のホームには約1000人が詰めかけたという。これで九州と関東を結ぶ寝台列車がなくなってしまった。

熊本駅はそれほど大きな駅ではない。そこに1000人というのは、すし詰め状態であったろう。
20年以上前、私も熊本から東京へ「はやぶさ」に乗って家族で帰ってきた。熊本空港から羽田まで飛行機という選択肢、熊本から博多まで鹿児島本線か高速バスで行き、新幹線に乗り換えて東京までという選択肢、そして熊本からブルートレインで東京までという選択肢の中で「はやぶさ」を選んだ。
時間的には飛行機、新幹線、そしてブルートレインであったが、経済的にはその逆であった。ただその時は経済的な理由だけでなく、ひたすらブルートレインに憧れていた。

昭和30年代前半、私が幼い頃、両親の故郷である島根県益田市へ夜行列車を乗り継いで行った。10数時間の長旅で、直角になっている4人掛けボックスの固い椅子に両親がひざを曲げて横になり、私と弟は座席の下の床に新聞紙をひいて空気枕を膨らませ、その上に頭を乗せて寝た。
そのときから、夜行寝台に乗ってゆっくり手足を伸ばして寝たいものだと思っていた。

「はやぶさ」は快適であった。家族4人で旅行を楽しみ、駅弁を楽しみ、会話も弾んだ記憶がある。
その後、熊本へはしばらく飛行機での行き来が多くなったが、2時間弱と早いだけで家族での旅行や会話を楽しむ時間がなくなった。
3女が生まれ、飛行機の費用も大きな負担になってきた12年前、あの時のブルートレインを思い出し、ワゴン車で東京、熊本間を往復することを思いついた。
それからは、毎年お盆に車で熊本まで往復することが我が家の不文律になった。原型は「はやぶさ」である。夜10時ごろに東京を出て、翌日の夕方に熊本へ着く。約18時間家族だけの時間を作り、旅を楽しみ、食事を楽しむ。

毎日、時間に追われる生活だが、このときだけは時間をたっぷり使って楽しむ。
あの時、ブルートレイン「はやぶさ」を選択しなかったら、車での往復は無かったであろう。役目を終えた「はやぶさ」に感謝である。


cpiblog00620 at 13:52│Comments(2)TrackBack(0)clip!雑感 

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この記事へのコメント

1. Posted by 晩成   March 26, 2009 07:55
ブルートレイン
先輩の場合は「はやぶさ」ですか。

私は「安芸」と「あさかぜ」
横浜から尾道への旅でした。(その後、さらに連絡船で二時間半)
毎年、夏休みになると、母と弟の3人でまずは瀬戸内の島へ帰省してました。
父がお盆休みに帰ってきていっしょに田舎で過ごし、四人で横浜へ戻る。
これが小学校から中学生あたりまでの年中行事でした。

風情のある旅がまたひとつ無くなって、
その時代を知る人間としては寂しさがつのりますね。
2. Posted by 三浦尚城   March 30, 2009 20:13
子供のときの夜行寝台はとても贅沢な乗り物でしたね。
寝ながら旅が出来るなんて夢のようでした。
ありがたさが今の何十倍も感じられ、幸せな気分を夜行寝台は与えてくれたのを懐かしく思います。

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