February 23, 2008

「銭湯」について考える

数日前の新聞で「浴槽は贅沢品?」という記事に目がとまった。都営住宅で、住民が入居時に費用を自己負担して浴槽を設置しなければならない住宅が、12万1千戸あることが分かったというのだ。都営住宅の数は現在26万4千戸あるので半数弱は浴槽がついていないというのだ。かつて浴槽は贅沢品という考え方もあり、昭和50年代半ばまでに建てられた住宅には浴室はあるが浴槽は付いていなかった。それが今日まで継承されているというのだ。当時は浴槽を自分で設置して、退去する時には浴槽を撤去して明け渡すということが行なわれていた。
記事はその無駄を指摘し、今日の実情に会わないから是正するというものであった。
銭湯366d55818.JPG
確かに私の子どものころは銭湯に行くということが一般的であった。たくさんの銭湯があった。当然私の家にも風呂は無かった。歩いて3〜4分のところに3つの銭湯があり、定休日をそれぞれずらし利用者に不便をかけないようにしてあった。
銭湯は広くて気持ちが良かったが、怖いおじさんが必ずいた。浴槽に子ども達が連なって座りしゃべっていると邪魔だといって怒られたり、湯が熱いので水を入れると余計なことをするなと止められ、水鉄砲で遊んでいると他の人に引っかかるからと取り上げられたりした。
また、知り合いのおじさんがいると背中を流すのが暗黙のルールであり、それは風呂から上がった後にコーヒー牛乳を御馳走になる儀式でもあった。

親父と銭湯に行った帰りには、焼き鳥屋でモツの煮込みを食べさせてもらえるのが楽しみでもあった。友達と銭湯で待ち合わせて話しに興じたりもした。今では考えられないが、銭湯は社交場であり、教育の場でもあったのだ。
テレビでは、銭湯が舞台になった「時間ですよ」という番組が人気を博し、天地真理や岸本加代子などがアイドルになった。

大学に入った後、学内の合宿の時には同期が連れ立ってよく銭湯に行った。また、下宿している友人宅に泊まったときなども銭湯を利用した。
社会人になってもアパートに風呂が無かったので、会社の帰りに銭湯を利用した。

結婚をして福岡県の福間町に住んで、初めて自宅の風呂というものを経験したものだ。最初は嬉しかったが、だんだんあの広い銭湯が懐かしくなったのを覚えている。
その銭湯も今は無い。贅沢品といわれていた浴槽が今はどこの家にもある。そして、銭湯の役目は終わったといわんばかりに次々と姿を消していってしまった。
銭湯2
ところが、学生時代に利用した銭湯が吉祥寺に残っているのだ。あの頃と周りはすっかり変わったが、銭湯は昔のまま健在であった。今でも薪を焚いて湯を沸かしている。あれから35年経つ、その前から営業をしていたのだから、ゆうに50年は超えているだろう。この銭湯の前を通るたびに懐かしい学生時代が蘇ってくる。


cpiblog00620 at 15:10│Comments(0)TrackBack(0)clip!雑感 

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔