December 13, 2007

今年の漢字について考える

今年の一文字の漢字に「偽」が採用された。これは御存知のように偽装が多かったからである。特に老舗といわれる企業が芋づる式に摘発されたのだ。それもほとんどが内部告発である。そして、当初の記者会見では幹部の関与を否定していたが、会社ぐるみということがすぐにばれてしまう。口封じや知らぬ存ぜぬを押しとおしていた企業が一転平謝りになる。どこの企業もすぐにばれる言い訳を判で押したように言うのが不思議でならない。

内部告発ということは、必ず全てが明るみに出るということである。社員がまさか自分の会社の恥部を曝け出すなどと思ってもみなかったのであろう。何とかごまかせるだろうと高を括っていたのかもしれない。
今まで普通にやっていた偽装がある日突然槍玉に上がる。耐え難き悪質な偽装から許容範囲の偽装まで多様であるが、世間を欺くということには変わりが無い。
偽装自体も許されざる行為であるが、もっと耐えられないのは往生際の悪さである。潔さがない。恥の文化と言われた日本の終焉である。
権力や地位になぜそんなに固執するのであろうか? 事を起す時には覚悟を決めなければならない。覚悟もないまま事を行なう者が多くなりすぎた。

ここまで書いてきて5年半前の出来事を思い出した。このことは次回「覚悟」について考えると題して書くことにする。

それにしても今年の「偽」という漢字は恥ずべきである。来年は「豊」、「幸」、「喜」などという漢字が採用されるといいのだが・・・。


cpiblog00620 at 21:14│Comments(0)TrackBack(0)clip!雑感 

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