April 07, 2007

「東京タワー」について考える

今東京タワーが人気である。いつからだろうか?
昭和33年12月に完成したときには、それは大変な賑わいであった。その賑わいが続いたのが東京オリンピックの開催された昭和39年頃までであっただろうか?
そして、いつの頃からか東京タワーが話題にのぼらなくなった。

完成前よく芝公園の山に登り、建設途中のタワーを眺めていた。ちょうど小学校1年生から2年生の時である。「3丁目の夕日」そのままの光景がそこにはあった。
東京タワーは増上寺の墓地を一部取り壊して建設されたため、建設途中から怪奇現象が起きると噂されよく肝試しと称して夜に友達や上級生と連れ立って建設中のタワーを眺めにいった。その頃完成近いタワーから1人のとび職が転落して即死した。やはり祟りだ。とその時は本当に驚いた。完成まではもう近くには行かないぞと心に決めて自宅の屋根の物干し場から眺めていた。

完成したときにはすぐさま階段で展望台まで上がっていった。外階段で大変怖かったが、エレベーターは長蛇の列であり、そんなに高いところまでエレベーターが上がれるものだろうかと不安であったのだ。もちろん小学2年生では1人では行けない。あの頃は近くの中学生や高校生がよく遊んでくれた。商売をやっている家が多く、両親はいつも忙しそうであったからである。ちょうど「3丁目の夕日」の「鈴木オート」のような工場や店が長屋のように密集していた。
そういえばあの頃私が住んでいた住所は、港区金杉3丁目であった。子どもの足で芝公園の広い敷地を抜けて東京タワーまで歩いて15分弱の所である。

そしてオリンピックの年、入学した中学校は正しく東京タワーの真下のある芝学園である。
6年間毎日、東京タワーを見上げて登校した。
そして、いつからか東京タワーのことが気にならなくなった。いや何かダサい建物だという印象すら持つようになり、避けるようになった。
昭和43年特別展望台がオープンした。その時もあまり興味はなかった。毎日、毎日見上げていたせいかも知れない。

平成元年に、それまでクリスマスの電球のように四隅に一定の間隔をおいて、シルエットのみを浮き上がらせていた照明が、美しく塔全体をライトアップする照明に変わったときは目を見張った。何か東京タワーが生き返ったような印象すら受けたものだ。
それは私が15年ぶりに東京タワーの下へ戻ってきて間もなくの頃であった。
それからだ。再び東京タワーが気になりだしたのは。東京タワー1

そして、今、「3丁目の夕日」や「東京タワー オカンとぼくと時々オトン」で東京タワーが建設当時のように脚光を浴びてきた。
当社のシ−ガル(http://www.seagull.cc/)というグリーティングカードショップでも東京タワーのカードが一番人気である。

東京タワーにはいろいろな思いが詰まっている。くっついたり、離れたり、反発したり、懐かしんだり、いろいろな思いのある東京タワーが今人気になっているのは嬉しいことでもあり、自慢でもある。
東京タワー2
東京タワーが立ち上がるのを毎日見ていたんだぞ。
それがどうした。という声が聞こえるが、「3丁目の夕日」の中に俺はいたんだ。


cpiblog00620 at 14:09│Comments(0)TrackBack(0)clip!雑感 

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