June 18, 2005

「白川郷合掌造り民家園」について考える

06042d05.JPG山中温泉へ行く途中で、世界文化遺産に登録された白川郷合掌造りの民家園を見学した。
5月の連休ということで、大変な人混みであった。
今ではすっかり観光名所となり、土産物や特産品を食べさせる店が乱立し、さながらお祭りのようである。
しかし、合掌造りの民家に住んでいたこの地域の人たちの貧しさ、つらさ、暗さ、そして自然との闘いを思うとき、今のこの賑った様子は不思議な光景である。

岐阜・富山県境の加須良と桂の集落は、秘境中の秘境といわれた深山の弧村で、厳しい自然の中、地場産業の養蚕を行ないながら、静かに心清く生活していたというが、ついに昭和42年に相次いで集団離村をして集落は消滅した。その後、村が残された民家の保存を目的に「白川郷合掌村」を計画し民家を移築して現在の「合掌造り民家園」が出来たという。

人は、大切な物が無くなって初めて、そのものの大きさに気がつくようだ。弧村で苦しんでいた人々に、国や県がこの合掌造りの文化的重要性や自然との調和を理解し、住みながらの保存を計画していたら、集団離村という悲しみを味あわなくても済んだかもしれない。

そんなことを考えていたら、奇しくも私の思いがここのチラシに印刷されていた。

「すぐに儲けにならないものの中には、貴重なものがいっぱいあるのだ。生命の世界もそう、それに景色だってそうだ。なんの儲けになるかと思っているかもしれないが、それがいまにいちばんの貴重品になる時代がやってくる。景色を獲らなくっちゃいけない。その景色の中に生きている、生命の世界を金儲けの魔力から獲らなくてはいけない。」
南方熊楠(中沢新一「森のバロック」より)

ここの民家園を見学すると、どうも複雑な気持ちになる。


cpiblog00620 at 12:42│Comments(1)TrackBack(0)clip!旅行記 

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この記事へのコメント

1. Posted by hublot replica watches   November 27, 2014 17:55
どうも複雑な気持ちになる。

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