June 06, 2005

「輪島の朝市」について考える。

be62ef55.JPG朝市と聞くと何か爽やかな健康的なイメージが湧いてくる。
実は30年ぶりに5月の連休の後半に北陸まで足を伸ばした。
目的はいくつかあったが、そのうちの1つに輪島の朝市を冷やかしたいと思っていた。

30年前に2度ほど能登半島を旅した。1回目は剣道の合宿で曽々木海岸の民宿に寝泊りした。大学2年の時であった。このときは、旅行などというのんびりしたのもではない。
美しい海や自然を満喫することなく、汗臭い稽古場の記憶が残っているだけだ。

2回目はどうしても能登半島をゆっくり旅がしたくて、大学4年の夏に仲の良いO君とS君とで能登半島1周の旅をした。金が無く、行き当たりばったりの旅であった。ある民宿では旅行客で一杯だと断られたが、東京の大学へ行っている娘の部屋が空いているので、狭いがそこで雑魚寝でよければ泊まってもいいよと、親切に我々若い旅行客を泊めてくれた。
その日は娘さんを心配して、いろいろと東京のことを聞かれた。まだまだ人情が厚かった頃のことだ。
実は東京へ戻り、O君とS君に内緒でここの娘さんに1度だけお会いしたことがある。
民宿のお母さんにお礼の手紙を書いたら、娘のアパートと近いということで、電話番号を教えてくれた。
渋谷でお好み焼きをご馳走して、能登半島でご両親にお世話になったお礼をした。
たったそれだけだが、個人情報保護法など無くてもみんなが常識を守っていたころ、こんな思い出もつくれたのだ。


このときに初めて輪島の朝市を見学することができたのだが、あまりの活気に築地の魚河岸ではないかと思ったほどだ。
おばあさんが自分で作った梅干や、漬物、また干物などを前に置いて売っていたのを覚えている。

まだそれほど観光化していなかった頃、物々交換や今日の食事のおかずを買っている姿が新鮮であった。
こんなところで早朝買い物をしたらさぞかし食事が美味しいだろうと羨ましかった。
その後いろいろなところで朝市が開かれていると聞くと覗きに行ったが、まだあの時の輪島の朝市を超えるところに残念ながらめぐり会っていない。

あれから30年、だから輪島の朝市にはどうしても行きたかった。

女房は能登半島が初めてという。
ホテルからバスで朝市に行くと昔のまんまの朝市がそこにあった。
30年前に会ったおばあさんも梅干や漬物をその時のまま売っている。
そんなことがあるわけが無いのだが、どうしてもあの時のおばあさんだと思ってしまう。
ここでは時間が止まっているのだ。だからあの時のおばあさんに違いない。絶対にそうだ。
何度も何度も繰り返し自分にそう言い聞かせた。

東京へ戻るのにまだ2日もあるというのに、輪島の朝市でとうとういろいろな物を買い込んでしまった。
おばあさんと目が合うとどうしても断れず、これだけだぞ、これで終わりだぞ、と空しく自分に呟いた。

輪島の朝市は本当に時間が止まっているのかも知れない。


cpiblog00620 at 20:18│Comments(0)TrackBack(0)clip!旅行記 

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