June 28, 2016

「いいね」と「ありがとう」について考える

ブログを休んで3年が経つ。

めんどくさくて休んでいたわけではない。題材が無くて書けなかった訳でもない。
フェイスブックとやらに現を抜かしていたからだ。
ブログと違ってフェイスブックは反応が早い。アップと同時に「いいね」が押される。
また、誕生日などはあちらこちらから、おめでとうが飛び込んでくる。
お礼の返信で慌しい。

一番多い投稿写真は食べ物である。他人の食べ物を見ても腹の足しになるわけでもない。
誰が何を食べてもあまり興味は無いのになぜか多い。

時々「いいね」の押し売りもやってくる。
そんなに「いいね」が欲しいのだろうか?
「いいね」の数が自慢になるのだろうか?
誰かと繋がっていないと不安なのだろうか?
ほんとはどうでも「いいね」なのだが・・・。

それでもフェイスブックには使い道がまだまだあるだろう。
現に私のブログへ誘うツールに使わせてもらっている。

100の「いいね」よりも、ひとつの「ありがとう」をもらえる方が私は嬉しい。
「いいね」は氾濫しているが、「ありがとう」は絶滅しそうである。
最近「ありがとう」を言った事がありますか?
小さなことでも「ありがとう」は、言ったほうも言われたほうも気持ちがいい。

フェイスブックを嫌っているわけではないが、私は、ブログへ戻ってきました。
ここで「ありがとう」を言ったり言われたりしていきましょう。

リアルタイムでなくても、共感できる言霊をぶつけ合いましょう。



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March 09, 2013

「雪合戦」について考える

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3月初旬、東京は暖かくなってきた。やっと春が近づいてきたのだ。暖かくなると気持ちもうきうきしてくる。
2日前が嘘のようだ。秋田市と大仙市の大曲地区へ出かけたのが、ほんの2日前。まだまだ雪が要壁のように道路の両側を塞いでいた。それでもここ1週間は雪が降らなかったという。吹雪になると1メートル先も真っ白で見えないというから、ここ1週間は穏やかだということだ。
しかし、私にとってどんよりとした雪雲に覆われた灰色の空と一面の雪景色は見ているだけで震えてくる。とても陰鬱になってくるのだ。

新幹線で盛岡を過ぎると窓の外は真っ白である。一面の銀世界だ。始めは物珍しく雪景色を楽しんでいたのだが、大曲駅で新幹線を降り、奥羽本線に乗り換えたところから、雪国の厳しさが少しずつ見えてきた。
和田駅で待ち合わせ、画家のアトリエへ行く途中、雪下ろしや雪かき、雪害の危険にさらされながら生活していく厳しさを聞いたりしていると、これは雪との戦いだ。雪国の人たちは命を張って毎年雪と合戦をしているのだと実感した。

今年も先月北海道では吹雪の中9名の尊い命が失われた。また毎年雪崩や雪下ろしでの事故で亡くなる人が後を絶たない。これは正しく雪合戦だ。雪と人間との壮大な合戦である。
毎年襲ってくる敵に対して備えをしてもなお、犠牲者が出る。

尖閣諸島に中国船が接近してきたり、北方領土や竹島を実効支配されたりして、国としていざというときの合戦の備えに汲々としているが、東北や北陸、北海道でも毎年合戦をしている。東京の人間にはとても優しそうに見える雪であるが、実は鋭い牙を持つ恐ろしい敵なのだ。もっと雪合戦に対する援助があってもいいのでないかとしみじみと思った。
まさか、雪合戦を雪を丸めて投げ合う程度にしか思ってはいないとは思うが・・・。



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January 27, 2013

「いのち」について考える公開シンポジウム

昨日、渡邉海旭先生校長就任百周年記念事業の一環として母校で開かれた「いのち」について考える公開シンポジウムに参加した。
副題は―第1回仏教の視点から―である。

母校は増上寺を大本山とする浄土宗系列の学校である。だから、卒業生に僧侶が大変多い。現在は浄土宗の寺社の子弟だけでなく、いろいろな宗派の子弟が卒業生の中にいるようになった。
今回のシンポジウムの基調講演は浄土宗大本山増上寺法主、八木季生 大僧正台下である。
いのちについての講話の中で、「いのち」は「いのち」からしか生まれない。地球上に最初のいのちが生まれたのは、大宇宙そのものが生命体であるからだ。という話は、中学生の時から当時の校長松本徳明先生が朝礼のたびに話していた「天地宇宙一切のものは、・・・」という話に直結し、スーと心の中に入っていった。「三つ子の魂100までも」である。

基調講演の後パネルディスカッションがあり、母校の卒業生、元教員の僧侶がいのちについて話をされた。
コーディネーターは、前副校長 曹洞宗西隆寺住職 遠藤弘佳氏
パネラーは、元教諭 浄土宗妙定院住職 小林正道氏、
卒業生 法相宗大本山薬師寺執事 大谷徹奘氏、
元講師 浄土宗龍原寺副住職 宮坂直樹氏
卒業生 浄土真宗本願寺派安楽寺住職 藤澤克己氏 
という方々である。
仏教という立場から「いのち」についてそれぞれのご意見を話されたが、特に印象に残った話は、「死の原因は生まれたことにある」だからどう死ぬかというのはさほど問題ではない。しかし、「理不尽な別れ(死)」というものがある。それは、「さようなら」ということを言えなかった別れ(死)である。これは、大変新鮮に思えた。
また、何時死ぬか分からないので、「さようなら」という言葉は別れるときに必ず言う。
食事のときにも物を詰まらせて死ぬかもしれない。また、寝るときにも目が覚めずに死ぬかもしれない。だから、食事のときも、寝るときもお題目を唱えるという。

これは、僧侶だからお題目であって、我々もそのとき、そのときをこれが最後になるかもしれないという覚悟を持って、日常を過ごすことが「いのち」を見つめることだと気付かされた。

また、薬師寺第百二十四世管主高田好胤氏の弟子である大谷徹奘氏が、故高田好胤氏と戦没者慰霊で各地の戦跡を法要して回ったとき、「自分のようなちゃらい(拙い)お経では死者が成仏できないことは分かっている。しかし、自分にはお経をあげることしか出来ない」といつもしぼりだすように言っていたという話しを聞いた。
あれだけの修行を積み、心から戦没者を慰霊していても死者の霊(いのち)をまだまだ慰められないと自分を厳しく叱る姿勢には心を打たれる。

その他、自死についての考え方や、一昨年の東北を襲った大災害の被災者への訪問のことなど、たくさんの「いのち」に関するお話があったが、それはまたの機会に書くことにする。

時々は立ち止まって、普段あまりつきつめて考えない重いテーマについて思考の限りを尽くして掘り下げるのも重要な気がする。


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January 18, 2013

「剣道日誌」43

今日は大変寒い、夜は特別だ。小学校の体育館でドアをすべて開けっ放しで行う稽古は足が冷えて辛い。暖房の効いた道場で稽古を行うところが増えてきたが、体育館では願うべきもない。
論理的、医学的、技術的に考えても冷え切った床の上を裸足で尚且つ稽古着、袴1枚で立つというのは無茶である。健康にいいわけがない。会社で仕事をしていても夜が近づくとだんだん憂鬱になってくる。しかし、稽古が終わって会社に戻るときは颯爽として晴れがましい気持ちになる。行くときとは全く違う。特にこの冬場はギャップが大きい。こんな短時間で心の持ちように変化が起きるのは不思議である。
その間何があるのか?

道場へ着いて着替えているときも寒さで気が乗らない。準備体操や素振りを行っても寒いものは寒い。しかし、面を付けると気持ちが一変する。もう逃げられないという気持ちと、動物的な打たれまい、打ちたいという気持ちへ変わっていく。寒いという感覚はここでほとんど消えていく。稽古中は寒さも痛さも怖さも薄れていく。これはもう50年という稽古の年月が体をそうさせているのだと思う。
稽古が終わると何で行く前はあんなに憂鬱だったのか不思議になるくらい高揚感がある。

2013年1月は今日で港区の良武剣友会2度、品川区の大井剣友会2度の稽古に参加。17人と25回の立会いを行う。明日も夜稽古へ出る。今年の1月は飛ばしすぎの感もあるが、何故か体が良く動く。しかし、調子がいいときに限って怪我をする。アキレス腱を2度断裂したがそのときも動きが良かった。
「好事魔多し」ということか。十分気をつけて心して稽古に臨もうと思う。

2月には京都武徳殿での稽古会がある。
2月の京都は一段と寒いが、この稽古会は特に楽しみだ。始から決して憂鬱にはならない。
何と言っても稽古が終わった後の夜の京都は格別だから。


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October 23, 2012

心のビタミン 読書考3 「英雄ここにあり」

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読書考3で取り上げるのは、この3冊だ。

「英雄ここにあり」−三国志−上・中・下 柴田 練三郎著 1972年 講談社発行

この本に出会ったのは、40年前私がまだ学生のときであった。中国語を専攻し、これからは中国が必ず台頭してくるだろうと思っていたころである。語学は中国語、ゼミはファシズム、クラブは体育会剣道部、アルバイトは印刷所の文選工と植字工という変わった学生であった。
この時代の男子学生は三国志が大好きであった。
おっと、ここで言う「三国志」は実は「三国志演義」のことである。
本来単に『三国志』と言う場合、中国明初期の官吏陳寿が記した史書のことを指す。それに対して『三国志演義』とは、明代の娯楽小説であり、『三国志』を基としながらも説話本や雑劇から取り込まれた逸話や、作者自身による創作が含まれている。また、登場する地名・官職名・武器防具などは三国時代の時代考証からみて不正確なものも多い。(ウィキペディア参照)

私も三国志を読みたくていろいろ本屋を物色していた。そんな時見つけたのが柴田錬三郎の「英雄ここにあり」だ。
柴田錬三郎はこの本で第4回吉川英治文学賞を受賞している。

先日、リビングの片隅に積んであった雑誌や書籍の中から見つけた。書籍の表3に1972年5月11日新堀にて求むと書いてある。40年前この本を夢中で読んでいたときを思い出し、再び読み始めた。

今また「三国志」ブームで書籍やマンガ、ゲーム、カードで大人気だが私の三国志の原点はこの柴田錬三郎の「英雄ここにあり」−三国志−上・中・下である。
三国志の入門編としては、読みやすく(今の若い人には難しいかもしれないが)展開が速く血湧き肉踊るようなわくわく感がある。
高揚感のある読み物が「三国志」である。誇張とは分かっているが、ついつい引き込まれてしまう。

三国志の内容は言わずもがななのでここでは解説しないが、あれからいろいろな作家の三国志や図解、映画などを見てきたせいであろう登場人物の見方や物語の展開にあの時とは違う感情が湧いてきた。
40年前、劉備、関羽、張飛、趙雲、などの武将と軍師諸葛亮の活躍に胸躍らせ喝采したものであるが、今、劉備をもてなすのに劉安が妻を殺してその人肉を提供するくだりなど正に鬼畜の仕業としか思えない。曹操の非道は言うに及ばず、張飛の酒席での酒乱ぶり、劉備の優柔不断さ、諸葛亮の人間離れした予言や行動、呂布の想像を絶する剛勇振りなど首をかしげることしきりであるが、それでも三国志は青春の1冊に変わりない。

いろいろな意見があるだろうが、私は若いころに三国志を読むことは、大人の階段をひとつ上がるために必要ではないかと思っている。
そんな時、柴田 練三郎の「英雄ここにあり」−三国志−上・中・下 はお奨めである。


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June 16, 2012

「東京タワー」について考える2


DSC_0059先月22日(2012年5月22日)私の61歳の誕生日であった。
しかし、世の中は半年前からスカイツリー、スカイツリーの大合唱で家族の中でも私の誕生日など全く置き去りにされていた。
当日は雨模様であったが、ものすごい人波でテレビを見ていても人酔いしそうな賑やかさだ。
東京タワー派の第1人者としては、「何がスカイツリーだ。ガタガタ騒ぐな」という感じで何事もない日のように装って過ごした。
あまり意地を張って何事もないように意識した為か、自分でも誕生日を忘れてしまった。

何で俺の誕生日を開業日にしたんだと恨みさえ覚え、絶対スカイツリーなんぞに昇ってやらないぞと誓いを新たにした。
冷静に考えると何でそんなにスカイツリーを毛嫌いするのか自分でも分からないが、きっと東京タワーへの哀れみの裏返しなのだろうと自分で分析している。
いきなり皆がスカイツリー派に寝返り、寂しくなったのかもしれないとも分析した。

2〜3日して東京タワーの前を通ると、彼が弟分のスカイツリーも贔屓にしてやってくれと言わんばかりに余裕を持って堂々とこちらを見ていた。
春の花の向こうに見える東京タワーは、誰が何と言ってもやはり日本一だ。


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April 28, 2012

「学校の桜」について考える

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小学校や中学校には必ずと言っていいだろう、桜の木がある。
入学式には桜の花は欠かせない。広い校庭に花吹雪が舞う光景は形容詞のいらない素晴らしさだ。

今年、東京の桜の見頃は4月8日の日曜日であったが、あいにく蓼科への出張があり花見酒というわけには行かなかった。翌日、次の日曜日まで花はもたないだろうと思いながら志村第六小学校の前を歩いていると、目の前に見事な桜が現れた。思わず立ち止まりしばらく眺めていると、教室から生徒たちが出てきて桜の木の下で遊び始めた。子供たちも桜の花びらが散る風情を楽しんでいるように感じたから不思議だ。

日本全国、校庭に桜の木がある学校は数知れない。マスコミに取り上げられる巨木や枝振りのいい桜も多いだろう。しかし、子供たちにとって一番の桜は母校の桜だ。これは間違いない。母校の桜には思い出がたくさん刻まれている。これはどんな素晴らしい桜でもかなわない。同窓会などで桜の季節、母校に寄ると桜の木の下で遊んだ思い出が蘇ってくる。桜の木の下に立つともうタイムスリップだ。あちこちから友達の騒ぐ声が聞こえてくる。思わず走りそうになるのだ。

学校の桜で多いのが、エドヒガン桜や枝垂れ桜、それに染井吉野だが、私はすべての学校の桜は「母校桜」でいいと思っている。


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April 02, 2012

心のビタミン 読書考2「凍った地球」

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読書考2で取り上げるのは、この1冊だ。

「凍った地球」スノーボールアースと生命進化の物語 田近 英一著 2009年新潮社発行

私は、宇宙や地球また生物の進化に関する著書に大変興味がある。今までも地球や宇宙に関するいろいろな書物を読んできたが、この「凍った地球」は表題を見たときにこれだと思った。それというのも何年か前にテレビ番組で地球の進化に関するドキュメンタリーを放送していたが、その中で地球が徐々に現在のような緑豊かな温暖な星になって行ったのではなく、何度も過酷な気候変動を繰り返し、現在に至っているというところに大変興味を惹かれた。今私達が住んでいる温暖で青い海に囲まれた平和な気候は一時的なものなのだ。いつまた地球が荒ぶれた素顔を見せるか知れない。その片鱗を3.11の東北大地震と津波で私達は目の当たりに見せ付けられた。しかし、それはまだまだ地球の微笑みの範囲なのだ。この地球は過去に何度か全球凍結(スノーボールアース)という過酷な気候を体験している。そのたびに生命は絶滅したのだろうか? そしてまた生命が誕生したのだろうか? その謎を解き明かしてくれるのではないかとこの書籍を手にした。

プロローグの中で著者は言っている。「今地球の温暖化が騒がれているが、温暖化は人類社会にとっての大いなる脅威なのであって、地球にとってみれば過去に何度も経験してきた気候変動のひとつにすぎない。地球は現代の温暖化よりもはるかに過酷な気候変動を、これまで何度も経験してきたのである。」
よく地球に優しくという標語が使われるが、人類に優しくというのが正しい言い方なのである。地球という生命体はタフな生命体である。その中で生きている生命もタフでないと生き残れない。「強いものが生き残るのではない。頭の良いものが生き残るのではない。変化に対応できるものが生き残れるのだ。」という言葉がこの本を読んでいると実感する。

著者は言う。「私達は、現在の地球環境のことしか良く知らない。「今年の夏はおかしい」とか「異常気象だ」などと言ってみたりするが、現在の地球環境が、地球史において典型的なものであるという保証はどこにも無い。現在の温暖化が未曾有のものなのか過去にもしばしば生じた自然変動に類するものなのかは過去の地球環境について理解しないと将来を予測できない。」と言って過去の地球環境をつぶさに解説している。
このあたりは、大変に難解であるが、興味を惹くところでもある。特に現在は地球史の中では「氷河時代」に区分される時代だというのには驚いた。

また、この地球は過去に何度か数百万年にわたり全球凍結と言う想像を絶する気候変動を体験している可能性が高い。零下50度を越す状況で生物は生き残れたのだろうか? 著者も大きな疑問を抱えていたが、過去の地球を調べていくと数千メートルという氷の下の海底火山の熱水中で生物は生き残っていたという証を発見している。
では、地球はそんな過酷な状況をどうやって克服し現在のような地球になって行ったのだろうか? 大気の変化、温暖化プロセス、プレートテクトニクス、太陽の影響、生物進化。さまざまなファクターから衝撃的な仮説が証明されていく。地球に興味がある人にお勧めの1冊である。



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March 20, 2012

「お国なまり」について考える

最近良くお国なまり(方言)をよくテレビやラジオで聞く。
3.11の震災後テレビに出てくる方々の言葉が飾らない地の言葉だからだ。東北地方の方々はお国なまりを気にする人が多いと聞いたが、いやいやお国なまりは美しいと事のほか感じている。

私の祖父母も両親も島根県出身である。祖父母や父が存命中は家庭でもよく島根弁が飛び交っていた。特に国へ電話するときは、丸出しの島根弁であった。
妻は生粋の火の国熊本である。結婚するまで熊本をほとんど出ていない。今では気取って標準語を話しているが、熊本へ帰るとやはり自然と熊本弁で全身が包まれる。

私は東京で生まれ、東京で育ったため標準語がお国なまりである。寂しいお国なまりである。標準語をいくらしゃべっても今注目の「絆」は生まれない。
お国なまりを聞くと父も母もほっとすると言っていたのが懐かしい。妻も熊本に帰り言葉が自然に出ると活き活きしてくる。義母も熊本市内から故郷の阿蘇山麓へ行くと元気になる。同じ熊本でも市内と山奥では言葉が違う。言葉は言霊と言って力がある。霊がある。

お国なまりを持たない身としては、寂しい限りである。九州には5年近く仕事で居たが、俄か熊本弁や博多弁ではしゃべらないほうがいい。ネイチャーなお国なまりだからこそ力があるのだ。
若い人たちの言葉は、テレビやラジオ、映画などでどんどん標準語化しているが、大切な宝物「お国なまり」を捨てないで欲しい。
きっと大きな力に言葉がなるときが来る。お国なまりは故郷そのものの無形文化財である。


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March 11, 2012

「剣道日誌」42

昨日の土曜日も大井剣友会で稽古をしてきた。
稽古といっても保育園と小学校低学年の子供たちに剣道の基本を教えて素振りをしただけであるが、・・・。
右肘を痛めて4ヶ月。12月、1月と少しよくなっては稽古を再開し、またぶり返してしまった。1月初旬に悪化をした右肘を治療に行った整形外科で「三浦さん3ヶ月は休まないと酷くなるだけですよ」と言われてしまった。
4月まで稽古を休むよう家族にも注意された。道場に行っても稽古をすることができない。
どうするか3ヶ月休むか? いろいろ考えたが立会いをすることだけが稽古ではない。
面を付けて立会いをすることはできないが、見学はできる。また、子供たちに基本を教えることはできる。それよりも何よりも稽古着になって道場に立つことそれ自体が稽古だと思うようになった。
見学をしながら立っているとこの時期足元から芯まで冷えてくるが、他の人の稽古を見ていると心は熱くなる。気づくことも多くある。
客観的に稽古を見ることは収穫が多い。
どうせ稽古はできないと休んでいると気まで滅入ってしまう。稽古はできないが、道場に立つことそれだけで稽古になる。どんな状況でも稽古はできる。諦めないという気持ちそのものが稽古になる。

今日は3月11日、あの日からちょうど1年。辛い1年を過ごした人達が多くいる。
亡くなられた方々に哀悼の意を表し、怪我をされたり被災した方へのお見舞いの気持ちを新たにし、これから強く生きていく方々への応援の意思をより強くし、東日本全体に諦めないでと心から叫びたい。


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February 12, 2012

心のビタミン 読書考1

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読書の仕方は人それぞれであり、どういう読み方がいいということは無い。
私は1冊の本をじっくり読むほうである。乱読はしない。斜め読みもしない。時間をかけてじっくり読むのが好きだ。だから多読ではない。読む本の数は少ないかもしれない。何度も読み直す本も多いからだ。
読書は心のビタミンだと私は思っている。読む本によってビタミンAであったり、Cであったり、B1やB2であったりする。
今まで何年もブログを書いていてどうして読書のことを書かなかったのか?自分でも不思議である。そう思ったら急に読書のことを書きたくなった。

今回「心のビタミン 読書考」の初めてとして取り上げるのは迷い無くこの1冊である。

「運命を拓く」天風瞑想録 中村 天風著 1994年講談社発行

中村天風著とあるが、実は天風会会員の堀尾正樹氏が15年かけて、夏季修練会において中村天風師が講述されたものを、語り口、呼吸、迫力などをそのままに苦労して1冊にまとめたものである。
中村天風については、長くなるのでここでは省略させていただく。「運命を拓く」は、2000年末に購入し、すでに八読し、現在九回目の読書に入っている。
何度読んでも新鮮である。読むたびに行間から心に自然と力(ビタミン)が入っていくのが分かる。この感触は説明できない。この本は、斜に構えて読むと「そんなことがあるか」という一言で終わってしまう。正面から体当たりする気構えで読まないと難しい、荒唐無稽だ、くだらないという感想になってしまうだろう。
実は、この本こそ行間を読むという言葉にぴったり合う本は無い。だから九回目に挑戦しているのだ。まだまだ行間からにじみ出てくるビタミンを吸い上げきれない。

この本の中で一番好きな言葉は、「力の誦句」である。
私は、力だ。
力の結晶だ。何ものにも打ち克つ力の結晶だ。
だから何ものにも負けないのだ。
病にも、運命にも、
否、あらゆるすべてのものに打ち克つ力だ。
そうだ!
強い、強い、力の結晶だ。

これは、インドのカンチェンジェンガの山奥の洞窟に書かれていたサンスクリット語を訳したものだ。カンチェンジェンガの洞窟はヨガの修行僧が修行のために立て籠もり、悟りを開いたときにその感動を壁面に彫ったようだ。天風師もここでヨガの聖者カリアッパ師に導かれ修行をしている。
本の中にはいろいろな誦句が紹介されているが、私は「力の誦句」が一番好きである。

この本は、全編を通して「人間の心で行う思考は、人生の一切を創る」ということを分かりやすく(読む人にとっては非常に難しいと感じるかもしれないが、)例を出しながら解説している。
腰をすえて読みたいという人には是非お勧めの1冊である。
因みに私はこの本を常に3冊所有している。いつでも人に贈れるように。そして、2冊になるとまた1冊購入する。

「運命を拓く」には、たくさんの珠玉の言葉が出てくるが、それはまた機会があればご紹介します。


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January 23, 2012

剣道日誌41

今年になって1月7日と14日の2度しか稽古をしていない。
それも基本組の子供たちの指導だけで、互角稽古、指導稽古をしていないというより出来ないのだ。
昨年に遡るが、11月の始めに右手の関節が痛くなった。50年以上前、鉄棒から落ちて関節を複雑骨折した古傷が痛み出したのだ。いつものことであまり気にかけず稽古をしたが、次の日から右手がほとんど曲がらなくなった。箸も持てない、顔も左手だけで洗う。ネクタイも締められないなど今までに無い痛さだ。普段は医者などへは行かないのだが、今回だけは我慢が出来ない。夜に痛くて眠れないのだ。

高校の後輩が開業している整形外科へ行くと「これはひどいですね」良くこんな手で剣道をしましたねと呆れられた。関節石灰化症と腱鞘炎だという。薬と注射で痛みを抑え、1週間ほどすると何とか手を動かせるようになった。
実は悩んでいたのだ。12月4日には以前からエントリーしていた関東学連剣友会連合会の試合があるのだ。個人戦であれば棄権をするのだが、5人の団体戦でそれも補欠はいない。一人欠けるだけでも痛手である。どうせ出場しても負けるのだから棄権しても同じじゃない。などという家族を見返してやりたいという気持ちも手伝って出場を決めた。
整形外科の先生に相談して、少し強い痛み止めの注射を試合の5日前と前日に打ってもらった。それで痛みは無く、これなら何とかなると試合に出場したのだ。

私達は鳳凰杯(男子局遙毅戯舒幣紊良堯砲暴仂譟1回戦は強豪日本大学と対戦、下馬評は当然日大の勝利である。成蹊大学の勝利を予測した者はほとんどいない中、1勝0敗3引き分けで勝利する。中堅の私も引き分けた。
2回戦は芝浦工業大学を破って上がってきた関東学院大学である。ここも強敵。しかし2勝1敗2引き分けで勝利する。私は貴重な1勝を上げる。
3回戦は、立教大学と京都大学を破った駒澤大学である。某大学の剣道師範や警視庁出身者など強豪である。
何とここも2勝1敗2引き分けで勝利する。私も2回戦に続いて勝利する。
いよいよベスト8。次の4回戦に勝つと第3位以上が決定する。
しかし、相手は日本体育大学。専門家集団である。さすがに我ら成蹊大学も力尽き0勝2敗2引き分けで敗退する。私は八段の先生と対戦し初黒星を喫したが、自分では引けを取らなかったと自負している。
試合中は夢中であったため、痛みはさほど感じなかったが、その日の夜から痛み出した。
56校中のベスト8の代償は大きかった。
それから満足に稽古が出来ないのだ。翌日例の整形外科に駆け込むと後輩からこんなになるまでやらなくていいのにとまた馬鹿にされる。

1月の稽古再開は絶望的だ。今度は焦らず2月から稽古を再開しようと、今はじっとしている。


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November 29, 2011

ぶらっと ダイコン畑

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先月のことになるが、天気が良いのでぶらっと三浦半島の三崎口へ出かけた。
駅で散歩マップのリーフレットをもらいソレイユの丘を目指す。3時間くらいのコースのようだ。15分くらい歩いたところからダイコン畑が広がる。収穫が近い畑やまだ芽が出始めたばかりの畑などまちまちであるが、土から顔を出したダイコンは妙に色っぽい。
ダイコン畑をぶらぶらと眺めながら歩いているうちにどうもコースを外れたようだ。ダイコン畑に魅了されてしまった。

コースに戻ったのは、30分後で延寿寺、円徳寺と周り長浜海岸に辿り着いたのは、駅を出てから1時間45分後であった。リーフレットを見てみるとここまでは約1時間の道のりである。45分もダイコン畑で足止めされた。
長浜海岸で海を見ながら一休み。さあ後どれくらいかと見てみると長浜海岸から栗谷浜漁港、荒崎公園を通り熊野神社、勧明寺を巡ってソレイユの丘へ行くには約2時間かかりそうである。そのとき気が付いた。駅からソレイユの丘までが3時間である。3時間のハイキングと思っていたのだが、帰りの時間を考慮していなかったのだ。このままソレイユの丘を目指すと昼食が食べられなくなる。そう思ったら急に腹が減ってきた。

ソレイユの丘はこの次にしよう。今日はダイコン畑の見学だ。
そうだ。いいダイコン畑を散歩させてもらったと言い聞かせて駅へ引き返す。
帰りには三浦ダイコンを買って帰ろう。
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October 28, 2011

剣道日誌40

2011年10月28日(金)良武剣友会
前半は小学生の指導を行う。毎週熱心に稽古に来る子がいる。母親も熱心に送り迎えに来る。剣道は辛い武道だ。子供の時にはサボりたくなる。それを引っ張るのが親である。一緒に稽古するつもりにならないと子供は楽な方へ楽な方へ逃げていってしまう。もう少し経つと自分から欲が出て進んで稽古をするようになるが、まだしばらくは親掛かりで仕方が無い。この子はなかなか根性もありそうなので、上級生になったときが楽しみである。

後半は互角稽古を3人と行う。
間合いに深く入り中心から面に打ち込むことを心がけて稽古をする。有効打突を意識する。気を張って打ち込むときは相面でも乗っていけるが、少し気を緩めると避けるだけになってしまう。
今日は張り詰めた気が比較的持続した。キネシオテープを貼った左足も不安は無かった。
前に出て行けたために、3人にそれぞれ良い面を1本は打ち込めたと思っている。
しかし、稽古中にどうしても気を緩めてしまう時がある。その時に打ち込まれると返し技も効かない。「稽古は短く厳しく」これを心がけて気の充実を図ることが課題だと感じた。


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October 26, 2011

余韻について考える

最近はがきや手紙を書く人が少なくなってきた。年賀状を年1回書く程度だという人が多い。それもパソコンで宛名を印字し、定型の挨拶は印刷されている。手書きは1字も無い。義理で出しているということがあからさまな年賀状は受け取っても何の印象も残らない。

一人一台の携帯電話時代に入り電話とメールでリアルタイムに連絡が取れる。
例えば、故郷から季節のものが手元に届いたとき、ほとんどの人は電話かメールで贈り主の父や母あるいは兄弟や友人に連絡する。贈り物のお礼を言って元気でいることを伝える。
電話にしてもメールにしてもすぐに連絡できるということからは便利な道具である。しかし、電話もメールも何か物足りない。何が物足りないのだろうかと考えていた。
そして、手紙をもらったときの気持ちと比べてみるとそれがはっきりした。
足りないものは「余韻」だ。

故郷からの贈り物のお礼を手紙の場合で考えてみた。
電話でお礼を言うのは照れくさい。そこで手紙でお礼と近況をしたためた。贈り主の父母はもう届いただろうか?ちゃんと受け取っているだろうか?と少し不安になる。3〜4日したそんな時、息子から1通の手紙が届く。すぐに開封したいが、あて先が贈り主の父の名前になっている。じっと我慢して父親が戻ってきたときにそれとなく「今日息子から手紙が届いたわ」と渡すと、父親も照れくさく、「開けてみろ」と母親に返す。母親が開封して読んで聞かせると父はうれしさを堪えて、「ふーんあいつも元気にやっているのか」そして母は「あの子も元気なのね」それだけで会話が終わる。しかし、二人ともうれしくてしょうがないのだ。母は父から渡された手紙をポケットに入れて翌日も読み返し、余韻を楽しむだろう。

1通の手紙やはがきには人を幸せにする力がある。余韻がその力を増幅させるのだ。電話やメールには無い「余韻」が手紙やはがきにはある。
大切な人にこそ拙い字でも手書きのはがきや手紙を是非出してもらいたい。
余韻を贈るために。


cpiblog00620 at 14:28|PermalinkComments(5)TrackBack(0)clip!雑感